当教室では当科は豊富な臨床症例を背景に、炎症性腸疾患,消化管腫瘍,機能性消化管障害に関する多彩な臨床研究や基礎研究、translational researchを行っています。以下にそれぞれの領域における研究を紹介します。

炎症性腸疾患領域

1)新たなbiomarkerの開発

炎症性腸疾患の分野では、診断、疾患活動性、治療効果予測、副作用など様々な視点でのbiomarkerの開発、検討が行われています。当科の新﨑教授が開発したLRG(leucine-rich alpha 2 glycoprotein)は、従来のCRP(C-reactive protein)を上回る精度の疾患活動性をモニタリングする本邦独自のbiomarkerとして国内外から注目されています。このLRGはTNFα、IL-22といったIL-6以外のサイトカインで引き起こされる炎症でも発現するため、CRPが正常範囲内の炎症性腸疾患症例における疾患活動性評価に有用です。様々な炎症性腸疾患の病態や罹患部位、また種々の治療と組み合わせることにより、多彩な研究を行っています。

  • Shinzaki S, et al. J Gastroenterol 2021;56:560-569

2)新たな治療薬に関する検討

炎症性腸疾患の分野では、毎年のように新たな治療薬が開発され、臨床応用されてきています。当科は本邦屈指の多数の炎症性腸疾患患者を診療しており、他施設に先駆けた臨床研究が可能です。炎症性腸疾患の分野では、企業治験の前向きランダム化比較試験のようなspecial situationでなく、多彩な病態を反映したreal-world dataの重要性が見直されています。新規性や独自性の高い視点での臨床研究やtranslational researchの成果を発信しています。

  • Watanabe K, et al. Clin Gastroenterol Hepatol 2018;16:542-549
  • Yokoyama Y, et al. J Crohns Colitis 2020;14:1264-1273
  • Miyazaki T, Watanabe K, et al. Digestion 2020;101:53-59

3)様々なunmet needsに対する研究

炎症性腸疾患の分野は、エビデンス等が無く、検討すべき課題が沢山残された「宝の山」です。当科では、日頃の豊富な臨床経験に裏打ちされたunmet needsに対するseedsを多数保有しています。当科だからこそできる研究で、炎症性腸疾患患者さんに貢献する知見を公表しています。

  • Yokoyama Y, Kamikozuru K, Watanabe K, et al. Cytokine 2018;103:25-28
  • Kojima K, et al. J Gastrointestin Liver Dis 2020;9:167-173
  • Watanabe K, et al. Ther Adv Gastroenterol 2022;15:1–15

4)豊富な症例に対する画像診断approach

炎症性腸疾患の分野はtreat-to-targetという、「粘膜治癒」など、より客観的な治療目標の達成と維持を目指す治療戦略や、長期例・高齢患者の増加に伴う悪性腫瘍に対するサーベイランスなど、画像診断の重要性が高まっており、新たなデバイスやbiomarkerとの組み合わせにより、様々な研究が可能となっています。

  • Watanabe K, et al. Digestion 2021;102:180-187

消化管腫瘍領域

化学療法に関する臨床研究

消化管領域における化学療法の進歩は日進月歩であり、その進歩を支えているのは臨床試験でです。当教室も多くの臨床試験に参加して最新の情報を取り入れ患者さんに協力してもらいながら最先端の治療法を提供しています。
化学療法の進歩には、治療薬の効果や有害事象発生の予測に有用なバイオマーカーの確立が極めて重要です。実際これまで胃癌や大腸癌、消化管間質腫瘍で様々なバイオマーカーが治療薬の選択基準として日常臨床で使用されるようになりました。近年の消化管領域における化学療法では、免疫チェックポイント阻害という免疫を介した抗腫瘍薬も使用され始め、今後の標準治療が大きく変化していく可能性があります。他方、超高齢化を迎えた我が国では後期高齢者が化学療法を受ける機会も多くなり、治療効果だけでなく有害事象発生の予測も重要な課題となっています。我々の教室では学内のオミックス講座とも協力し、臨床病理学的データだけでなく腸内環境や消化管免疫にも焦点を当て、化学療法の有効性や安全性、再発・予後、転移・腹膜播種、患者さんの QOL の予測に寄与する新規バイオマーカーの探索を行っています。

消化器内視鏡を用いた臨床研究

消化管疾患の診断・治療に消化器内視鏡は不可欠です。当然ながら当教室でも内視鏡やその周辺機器を用いて消化器疾患の診断や治療成績向上を目指した臨床研究は行っており、また多くの他施設共同研究にも参加しています。胃や大腸の腫瘍で用いる通常の上下部内視鏡に加え、当教室ではクローン病や家族性大腸腺腫症患者さんの診療機会が多いことから小腸カプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡で検査を行う機会も多く、小腸領域の臨床研究も行っていることも当教室の特徴です。
近年、人工知能 (AI: Artificial Intelligence) が様々な分野に導入されて驚くべき技術革新が起きていることは周知の通りですが、消化器内視鏡学の分野でも AI を用いた技術革新を目指して多くの施設が研究を行っています。それらの研究の多くは病変の検出や質的診断の向上を目指すものですが、当教室では他の施設と視点を変えた消化器内視鏡学への AI 活用に関する研究に取り組んでいます。

胃・大腸癌に関する基礎研究とトランスレーショナルリサーチ

臨床研究と違い、基礎研究はその成果が直ぐに実地臨床に反映されるものではありません。しかしながら、病態解明に迫る基礎研究とそこから得られた研究成果を実際の臨床現場で検証するトランスレーショナルリサーチは病気の根本的な治療法を確立していく上でとても重要なものです。当教室では主に炎症発癌(H. pylori 感染胃炎や炎症性腸疾患からの発癌など)と癌の発育・進展メカニズムに関する基礎研究とそのトランスレーショナルリサーチを行っています。

機能性消化管障害領域

器質的病変がないにも関わらず慢性的に腹痛や腹部膨満感、便秘・下痢などの腹部症状を生じる状態が機能性消化管障害(FGIDs: Functional Gastrointestinal Disorders)です。当教室ではこれまで機能性ディスペプシア(FD: Functional Dyspepsia)や過敏性腸症候群(IBS: Irritable Bowel Syndrome)といった FGIDs に関する臨床的または基礎的研究を精力的に行い、その診療ガイドライン作成にも貢献してきました。FGIDs は癌のように死に至る病ではありませんが、著しく日常生活の QOL と労働生産性を低下させることが知られており、また、患者数が人口の約20% と推定されていることから軽視できない疾患です。FGIDs の病態形成にはストレスや食事・運動・睡眠などのライフスタイル、消化管の微小炎症や腸内細菌など様々な因子が関与していますが、当教室では FGIDs の治療向上につながる臨床研究に加え、その病態解明に向けた基礎研究も幅広く行っています。